今年南区の新年会で「古稀」のお祝いをして戴いた。私は出席できなかったので、後でお祝いの品を戴いている。昭和39年に医者になって45年経つが、その間私の接した患者や家族に対して、私の良心に従って、誠心誠意、出来る限りの医療をしてきたと思う。昭和53年から2年半米国アイオワ州デ・モイン市で外科を開業し、患者獲得のために週に2回救急外来の「ER」で、あらゆる分野の患者を1日12時間勤務で平均50人から70人診察していた時期がある。あのときの苦労が私の医療の原点である。一日本人医師が、偏見差別の厳しい白人世界で誰の助けもなく、回りの医療従事者と患者に満足して戴き、生き残って行くための努力と気配りは大変であった。そのとき感じたことは、人間の命相手の医療は、「最高のサービス業」であり、患者は「お客さま」であるということであった。今から約30年前以上のことである。常に真心と笑顔を心がけ、次に述べるような「接客法」を心に留めて、診療の日々にそれを磨くと、必ずや世界が開けるであろうと確信していた。
久留米大学で2年間麻酔学を専攻し、さらに胸部外科を大学で学んでいる私の次男坊が、昨年12月から今年の5月までの6ヶ月間週5回クリニックを手伝って呉れている。私の志す「接客法」にも留意しながら、息子に私なりの医術を伝授している。この医療情勢の厳しい折に、まだ「医療」をサービス業と思っておられない方が居られたら、逆にその先生は幸福な先生であろうと羨ましく思っている。その「接客業」の幾つかを紹介して、皆様のご批判を仰ぎたい。
先ず患者を呼ぶときは、世の風潮に従い私のクリニックの従業員は「・・様」と呼んでいるが、私は「さん」付けである。文章に書くときは「患者」であり、「さん」も「様」も付けない。でも女性のとき、とくに「おばあちゃん」と呼びたい年齢の方には、苗字でなく、下の「名前」を呼ぶ。日本の女性は、旦那から「おい!」と呼ばれ、人から「・・の奥さん」と呼ばれているので、自分の名前を呼んで呉れる人(先生)に好意を持ってくれるようである。苗字を呼ばず、名前を呼ぶ習慣は、後に述べるが米国で親しんだ習慣である。
私は患者や人の居る前では、医師を無難に「・・先生」と呼ぶが、通常は先輩や仲のよい先生は「・・さん」と親しみと尊敬を込めて呼んでいる。私が学んだ九大の第二外科では、昔から教授以外の先輩は「さん」で、後輩は「君」であった。勿論同級生は格別で、呼び捨てたり、「杉まっちゃん(杉町圭蔵君)」だったり、「もんちゃん(朔元則君)」だったりする。九大第二外科には、木村姓が「木村範孝」先生と私の二人が居たために「範孝(はんこう)さん」や「専太郎さん」であった。池田姓も恵一先生と俊彦先生が居られたので、今でも県医師会の副会長は「俊彦さん」である。私は、「専ちゃん」、「専太郎さん」や「専太郎先生」と呼んで戴いてぃる。しかし九大や嘉穂高校の剣道部の後輩は、運動部のしきたりで、教授や病院長であっても、全て「呼び捨て」している。
私は27歳のときに渡米したが、米国では医師同志は先輩、同輩、後輩の区別なく「first name」で呼ぶ習慣があり、最初は実際参った。自分の指導教官を「Don」や「Bob」をどうしても呼べず、「Dr.」を付けると、必ず「Please,call me Don.」と訂正されたために、次第に慣れていった。
私が入局した九大第二外科でもそうだったし、研修中の米国での外科のチーフ・パルンボ先生(Louis T.Palumbo)も、服装、整髪、ネクタイ、髭、靴はキチンとしていないと叱られた。パルンボ先生から「医者は実力がなくても、服装はキチンとするのが、患者に対する礼儀だ!」と叩き込まれた。日本でも診療中に「ツッカケ」など着用したことがない。今でもキチンとした靴を履いている。おしゃれは“足元から"ですね、誉められることが多い。日本には背広、ネクタイ、靴はキチンとしているのに、若いビジネスマンに「白い靴下」の方が意外に多い。私はこのスタイルが「ださいない」と思うのだが。紳士はコーディネートしたものが似合う。勿論ネクタイを着用することは、患者に対する礼儀であると思っているが、医者は自由人が多く、ノーネクタイを誇る医師が多い。人前や患者の前での「ガム」を噛むことは、最低のエチケットで言語道断である。ガムを噛んで診療する医師を、私の患者が馬鹿にするのを何度も耳にしている。そのような医師には、2度と患者をお願いしないようにしている。
我々老人は「加齢臭」を発するので、私は毎朝入浴し、洗髪している。私が「老人臭い」とき、私の家内が注意してくれる。
患者と従業員に対する言葉遣いは、原則として「丁寧語」である。患者に対して「ぞんざいな」言葉は使わない。まして患者やその家族に対しては、絶対に暴言あびせたりや怒鳴ったりはしない。私でも怒鳴ったり、怒ったりしたい気持ちのときもあるが、じっと努力我慢するベきであると思っている。私は丁寧語の言葉遣いで、いつも私の妻や子供に接している。先日友人の奥様の葬式で、主人である友人が「妻が私や家族に敬語を使って話してくれた」と感謝の言葉を述べられたことをお聞きした。素晴らしいことである。タクシーに乗ったとき、運転手の「ぞんざいな」応対にしても、丁寧語で応対をすると運転手の態度と言葉遣いが変化してくる。まして運転台の名札を見て、「運転手さん」の代わりに「名前」を呼ぶと、運転も急に優しくなり、態度も良い方に変化をする。この変化を感じるのも楽しい。
患者や家族が診察室に入られたら、全員着席していただく。もし5人が入室されたら、5人分の椅子を従業員にさっと用意をさせる。全員が着席するまで話を始めない。新患の方や初対面の家族には自己紹介し、まず挨拶の意味で患者の姓名や誕生日をみて、色々と話題にする。そのくらいの余裕は欲しい。とくに私は昔の名医や色々の芸能人や著名人の誕生日や命日その他の記念日をよく知っているので、これを話題にすることが多い。誕生日は我々人間にとって大切な特別な日で、自分の誕生日を話題にする人に好意を抱くし、また自分の誕生日に「どのような著名人が生まれた」くらいは、知っていることが多い。このようにして患者との「ラポール」が確立すると、昔から、「病気を診ずして、患者を診よ」と言われたように、患者の問題は半分くらい(?)解決している。患者が部屋に入ってくるときの動作、表情、顔色や皮膚の状態、触った手の感触でも色々のことが分る。日本人は、アメリカ人に比べてお互い挨拶しないし、自己紹介しないことが多い。日本の医者の中には自慢げに名刺を持たないものも多い。医者は偉く、自分をアピールする必要もないのかも知らないが、どこの「馬の骨」かが分らないままでは、他人に失礼であると思うのだが?
麻生 太郎さんが、「医者は常識がないのが多い」と言われたらしい。日本医師会が麻生さんに抗議に行ったそうである。「未曾有」という字も正しく読めない方から、我々医者がとにかく言われる筋合いのものでもないと思うが。しかし夕方や夜の学会や研究会に行っても、服装のだらしない医者が目につく。とくに若い医者がそうだ。患者に接しているときも、だらしない服装なので、そのまま夕方の講演会に来ているのであろうか? これは演者や他の出席者に失礼である。私のクリニックでは、8年前に開業以来、電子カルテを使用している。よく大学の医師や開業医の先生が、夕方5時過ぎに電子カルテの見学に来られた。そのときの印象は、私に尊敬の念を抱いていないのか、礼儀しらずで、だらしない医者が多かった。ネクタイして、キチンとした靴を履いて訪問するのが、最低の礼儀である。出来れば「手土産」を持って訪問するのがよいと思った。私の家では小さいときから、人を訪問するときは「手ぶら」では「ダメだ」と躾をされて育った。現在でも、ときどき木曜日の午後、那珂川病院の手術室で手術をさせていただくが、途中の八百屋でちょっとした“旬"のものを買っていく。手術が終わって、器械器具の消毒が終わったときに、手術室のスタッフが一服するときの足しにして貰うためである
私は高校と大学で“剣”を学んだ。剣は“礼に始まり、礼に終わる”と言われている。その昔、橋本龍太郎首相のお辞儀を見て、さすが剣道有段者であると思った。美しい動作は、それほどに身からにじみでるものである。九大剣道部の部誌を“錬心”といい、医学部剣道部誌を“残心”という。両方とも素晴らしい名前である。剣道を辞めて35年が経つ。剣道の稽古をしない現在でも、心を“錬り”、心を“残す”ことを修練せよということであろう。初代医学部剣道部部長・山村雄一先生のあとの内科教授桝屋冨一先生は、“医の残心”とは“医療を行ったあとの色々の心遣い”であろうと我々部員に教えられた。看護の言葉に“ケア”という言葉がある。「好きだ」というときに、英語で“care(ケア)”をつかい、嫌いや揃わないときは“don't care”である。“残心”は“ケア”であり、これは人類愛にも通じる言葉であると思っている。
麻生 太郎さんが、「医者は常識がないのが多い」と言われ、怒る人も多い。私も含めて医療という特別な世界に身を置き、世間的に「常識が足りない」のかも知れない。“錬心”と“残心”を心がけて、あと残りすくない人生を気持ちよく過したいと思っている。
福岡市医報第50巻第4号(2009年4月)
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