彼は、ジェンナーの牛痘種痘法のときに、前腕に傷を付けて牛痘の痂皮を苗えることから、これを人痘種痘法に応用して、俊達独自の腕種法を創始し広めた。
これは、かさぶた(痂皮)を粉にして水を加えたものを腕に傷をつけて植えつける方法で、当時としては画期的なものであった。この方法のために種痘による危険性が非常に低くなったという。
天保3年(1832)、俊達は片町に、婿の中庵家族と弟子たちのために、家を新築し、その家は俊達が「宜雨宜晴亭」と命名した。
若き日の専斎も過した屋敷は、現在国立長崎医療センターに入る左側の木立に中に移築されている。(図1参照)
天保9年(1838)の秋に、大坂の緒方洪庵が、長崎の帰りに大村の俊達を訪れた。
大村は長崎街道沿いにあり、ちょうど長崎を発って夕方になる距離にある。
そのとき俊達の活躍振りと当時の日本の何処にもない天然痘患者に対する看護と種痘の腕種法の普及ぶりを目のあたりにして、びっくりして帰ったことと思う。
その年8月に專斎が誕生していた。
天保12年(1841)、俊達の養子・中庵が肺炎で他界した。
弘化4年(1845)に新しい藩主・純顕になり、彼が帰国して旧態依然の藩医機構を改革した。純顕は幼いとき、俊達の診断と治療で一命を取り留めた。
医師の最高位である「匙医」と同等の「掌薬」という位が俊達に与えられた。
この年の5月、大坂の洪庵が訪れ、俊達の活躍振りを見て長崎に向かった。
翌年の弘化5年1月、尾本公同という青年医師が、緒方洪庵の紹介で俊達のもとに来て、住み着いた。緒方洪庵は長崎に約1年間滞在し、帰路大村に再び立ち寄り、再度古田山を訪れている。
このころ洪庵は大坂での天然痘の流行にたいして、為すすべがなく葛藤している時代であったので、その種痘体制の充実した大村を見学し、参考にしたかったのであろう。
洪庵は大坂に帰り、大坂での防疫活動は旺盛になり、安政5年の「コロリ治準」となって華が咲いたのである。さて洪庵が紹介した尾本公同は非常に有能な若者でその後、大村藩に居を構え、藩主にも寵愛されたという。
嘉永2(1849)年、オランダから来たモーニケ(Otto Monike)によって、バタビア(今のインドネシアのジャカルタ)から牛痘漿と痂皮が輸入され、痂皮が有効であった。
俊達は孫の專斎ほか数人の子供を長崎に送り、接種させた。その中に、歴史に出てくる鍋島藩医師・楢林宗建の息子も居た。
長崎から帰藩し、善感した子供たちの痂皮からワクチンを作成し、牛痘種痘を普及させていった。このように、モーニッケ(Otto Monike)の牛痘苗を大村藩にある古田山種痘所で広める事に成功した。
そして牛痘による種痘は簡単で且つ安全であったために、片町の俊達の家で行われるようになり、古田山の施設は次第にその役目を終えていった。
このように、大村藩は俊達のお陰で全国に先駆けて、種痘法を藩内に普及させたことは画期的なことである。
有名になった孫の専斎は、16歳で緒方洪庵の適塾に入門、5年近くを適塾で過ごし、塾頭になっている。その後、専斎は洪庵の勧めにより長崎養生所でポンペからオランダ医学を学び、さらにボードウイン、マンスフェルトに師事している。慶応4年(1868)、専斎は長崎養生所改め精得館の学頭になり、さらに精得館が長崎医学校になると校長に選出された。
その後、明治4年(1871)専斎は東京の文部省に移り、さらに東京医学校校長と衛生局長を兼任した。
その後、明治時代の日本の医療行政の改革に多大な貢献をしている。
《参考文献》
1) 江口功一郎:長与俊達(創芸出版)
2) 深川晨堂:大村藩の医学(大村藩之医学出版会)
3) 中西 啓:ニッポン医家列伝(㈱ピー・アンド・シー)
4) 外山幹夫:医療福祉の祖・長与専斎(思文閣出版)
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